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出会ったのは約25年前。ちょうど神楽坂にあったレストラン、サンファソンで働いていた頃だった。
マダムと出会ったのもその頃。当時は僕自身色々と有り再渡仏を考える日々で様々な事をかなりのスピードで物事を決めていまして、今思い出すと先の事しか考えなくて無茶だったなぁ〜と苦笑いですけどね。。
結局再渡仏前に籍を入れ結婚する事としたんですが、そこにマダムの親友である旧姓和上陽子なる人物が立ちはだかる(笑)
まあそんな大袈裟な話ではなく僕が怪しい野郎じゃないかを見定めに来たらしい。

しかし一晩飲み明かして色々と話をするうちになぜか打ち解けてその後何だかんだいって長い付き合いになりました。

とにかく地頭が良い人で、マダムと同じ外語大卒。英語・フランス語・ポルトガル語を操る才女で、僕からしてみたら異次元の人でしたね。
分からない事を聞けば知りたかった以上に教えてくれたしマルセルでも深くかかわっていくことに対しても必然でした。

マルセルで一番大きなかかわり事はなんと言っても定期的にテーマを決めて開催したプチ・マルセルというワイン会。
村上たまきというキャラで毎回趣向を凝らしたワイン会に沢山のファンが付いたのは言うまでもありません。
一番強烈だったのは当時蹄付きの豚肉は輸入禁止だったにも関わらずワイン会のために蹄付きのパレータイベリコ(前肢のイベリコ生ハム)をスペインから持ち込んだ事。今でも蹄は店内に飾って有ります。

ワイン会のアフターも凄かった。朝まで飲んで語る。メンバーの人生相談、夢を語り泣き笑い、単なるワイン会の枠を超えた出合いがそこには有りましたね♪

勿論その中心に佇む人は陽子ちゃんです。皆が語り合い皆が共感し、そして其々の人生を歩んでいきました。



ある日、軽いノリでテタンジェの料理コンクールに応募してみれば?ときた(笑)
真意はわからないけど、僕は察しましたよ。。
いくら美味しい料理を作って自己満足していても所詮井の中の蛙、世界の高見を目指してみては?と心にグサリと、具体的にそんなこと言われてないのに刺さった。
やはり見透かされてると思ったし、料理人なら当たり前の立ち位置を確かめたくなる。

長い準備期間を経て自分の実力を知ることとなる訳ですが、予選書類選考の写真撮影に陽子ちゃんが連れてきたのはなんと知る人ぞ知るプロ写真家の高山氏。
これはマジだと思ったし気合い充填で全ての実力を出し切りましたが結果は予選落ち。

美しい写真は完璧でありワクワクしながら待つ時間は特別な時間でしたね。

でも書類選考の落選を受け落胆することはありませんでしたが自分の立ち位置が再確認出来ました。
これはきっとプロの料理人に対して一種のメタファーだったように思う。ある程度の実力や技術を持っている料理人なんて世の中にごまんといて、皆が自分は特別なんだと思い込んでる。
そこから一歩、少しでも前に行くには立ち位置を確認して技術だけじゃなく大局を見定めなけりゃならない…。
って事だったんだろう。と勝手に解釈してしまいましたが。。


とにかく公私共々家族包みで歩んできた時間は貴重な時間と共にひとつの区切りを迎えました。

長い闘病の末一昨日天国へ旅立った旧姓和上陽子。
悲しみとか衝撃はありません。なぜかと言うと彼女の存在理由、存在意義が沢山の人に受け継がれたから。。だと思います。
勿論ぼくもその一人。

常に愛情、知恵、笑顔、時々涙、を振り撒き人を巻き込む天才でしたね。

ご冥福をお祈りすると共に今までありがとうと言いたいです。






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